福井地方裁判所大野支部 昭和34年(ワ)8号 判決 1961年6月27日
原告 荒川義信
被告 大野市
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者双方の申立
原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し金十一万六千百四十七円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済まで、年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め
被告並びに補助参加人各訴訟代理人は、いずれも、主文同旨の判決を求めた。
第二当事者双方の主張
原告訴訟代理人は、請求原因として
(一) 訴外高村常也は、被告に対し大野市区劃整理事業大和線大和地係街路整備工事を請負つた工事金債権金十七万五千円を有していた。
(二) しかるところ、原告は、高村に対して金五十七万六千円の約束手形金債権(振出人高村、受取人原告、振出日昭和三十三年七月十四日、満期同年十月十一日、振出地支払地とも大野市、支払場所大野農業協同組合)を有していたので、これを被保全権利として、昭和三十三年十月二十五日福井地方裁判所大野支部に対し、前記高村の被告に対して有する債権の仮差押を申請し(同庁昭和三十三年(ヨ)第二十一号事件)、同日その旨の決定を受け、該決定は、債務者高村に対し同年十月二十八日、第三債務者たる被告大野市に対し同年十月二十五日送達された。次いで、原告は、昭和三十四年一月二十六日同裁判所から、右債権内金十一万六千百四十七円につき債権差押及び転付命令を得て(同庁同年(ル)第二号、(ヲ)第三号)、該命令は、高村に対し同月二十八日、被告に対し同月二十七日、それぞれ送達されたから、原告は、被告に対し右金十一万六千百四十七円の債権を有することとなつた。
(三) しかるに、被告は、言を左右にして右転付金の支払をしないので、ここに、原告は、被告に対し右転付金十一万六千百四十七円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済まで、商法所定の年六分の割合による損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。
と述べ
被告及び補助参加人の原告の高村に対する約束手形金債権が仮装であるとの主張は否認する。仮に、しからずとしても、該主張は、結局本件強制執行の基本たる債務名義表示の執行債権の不存在乃至は無効を論難することに帰するのであるが、このような執行債権の存否はいささかも、本件執行の効果に影響を及ぼすものではないから、被告等の主張は、主張自体理由がないものというべきである。
と陳述し
補助参加人主張事実中、補助参加人が、本件係争債権につき昭和三十三年十二月十一日福井地方裁判所大野支部から、その主張の如き債権差押及び取立命令を得たことは認めるが、その余の参加人主張事実は否認すると述べた。
(被告の主張)
被告訴訟代理人は、答弁として
(一) 原告主張事実中、高村が被告に対し原告主張の如き債権金十七万五千円を有していたこと及び原告が、右債権内金十一万六千百四十七円につき、その主張の如き債権差押並びに転付の強制執行をしたことは認める。
(二) しかしながら、原告のした右強制執行の基本債権は、原告と高村とが相通じ虚構の債権を作為し、大野簡易裁判所に対し即決和解の申立をなし同裁判所を欺罔して和解調書を作成させ、これを債務名義として、本件強制執行をなしたものであるから、この点において、右執行は無効というべきであり、されば、原告は、本件転付債権を取得するすべなかりしものである。
と述べた。
(補助参加人の主張)
補助参加人は、答弁として次のとおり述べた。
(一) 原告主張事実中、原告が、その主張の如く債権仮差押並びに債権差押及び転付命令を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。
(二) ところで、補助参加人は、本件被転付債権について昭和三十三年十二月十一日福井地方裁判所大野支部において、債権差押及び取立命令を受け(当庁同年(ル)第六号、(オ)第十三号)、これに基き、昭和三十四年一月十六日被告から、右金員を受領した。従つて、もし、原告のした仮差押が有効であれば、補助参加人の右取立命令による取得金につき配当要求があつたものと看做され、相互に分配しなければならないわけである。
しかるところ、右仮差押の被保全権利たる手形債権は、原告と高村とが相通じてした仮装のものであるから無効のものであり、従つてこの点において、該債権は、配当要求の効力を保有するに由ない。仮りに、しからずとするも、本件転付命令は、補助参加人が取立命令による取立届提出完了後すなわち、目的債権が、すでに、消滅した後発令されたものであること前叙のとおりであるから、この点において、該転付命令は、その効力を生ずる余地なきところといわねばならないのである。
これを要するに、現段階においては、原告は、補助参加人に対し配当要求の効力による金員の請求権を有するにとどまるものというべきである。
第三証拠
原告訴訟代理人は甲第一号証の一から三、第二、第三号証を提出し原告本人尋問の結果を援用し、丙第一、第二号証、第三号証の一から三、第四号証の一、二、第五号証の各成立は認める、その余の丙号各証の成立は知らないと述べた。
被告訴訟代理人は、甲号各証の成立は認めると述べた。
補助参加人訴訟代理人は、丙第一、第二号証、第三号証の一から三、第四号証の一、二、第五号証から第七号証、第八号証の一、二、第九号証、第十号証の一から四を提出し、証人高村常也、梅田厚、林才市及び水谷昇の各証言を援用し、甲号各証の成立は認めると述べた。
理由
(一) 原告が、訴外高村に対する約束手形金五十七万六千円の内金十七万五千円の債権に基き、これが強制執行保全のため、昭和三十三年十月二十五日福井地方裁判所大野支部に対し、右高村が被告に対して有する工事金代金債権金十七万五千円につき債権仮差押命令を申請し(同庁昭和三十三年(ヨ)第二十一号事件)、同日その旨の決定を得たこと及び原告が、昭和三十四年一月二十六日大野簡易裁判所昭和三十三年(イ)第五号和解調書に基き、前記仮差押中の債権内金十一万六千百四十七円につき、福井地方裁判所大野支部から債権差押及び転付命令を得たこと(同庁同年(ル)第二号、(ヲ)第三号)はいずれも、当事者間に争がない。
そして、前者の仮差押命令が、昭和三十三年十月二十五日第三債務者たる被告に、同月二十八日債務者高村に、それぞれ送達されたこと並びに、後者の債権差押及び転付命令が、昭和三十四年一月二十七日第三債務者たる被告に、同月二十八日債務者高村に、それぞれ送達された事実は、いずれも、被告において明かに争わないのでこれを自白したものと看做すべきである。
(二) ところで、被告は、前記仮差押の基本債権及び債務名義表示の執行債権は無効である旨主張するから、先ず、この点について考察する。本件で顕われた各証拠を検討しても、果して、右の執行債権が虚偽仮装であるとは、にわかに、断定しがたいところであるが、この点は暫く措き、仮に、債務名義の基本たる債権が不存在ないし無効であつたとしても、このことは、右に基き発令された転付命令の効力に、いささかの消長を及ぼすものではないのである。すなわち、執行手続上適法に発せられた債権差押及び転付命令は、さらに、適法の手続によりてその執行を停止し、または、これを取り消さない限り、当然、目的たる債権は、執行債権者に移転すべきものであり、債務名義の内容をなす執行債権の不存在その他無効事由の存否により、適法に発せられた転付命令が、当然、無効に帰すべきいわれなきことは、多言を要せずして明白なところといわねばならない。この理は、本件において仮差押の基本債権自体が無効なればとて、何ら、彼此相異るところなきものと解すべきである。
されば、この点に関する被告の主張は、もとより、採るを得ない。
(三)(1) ところで、前記高村の工事代金債権に対しては、原告のした前記仮差押後、補助参加人が、高村に対する債権に基き昭和三十三年十二月十一日附福井地方裁判所大野支部同年(ル)第六号、(ヲ)第十三号債権差押及び取立命令を得た事実は、当事者間に争なく、かつ補助参加人が、右取立命令に基き、直接、第三債務者たる被告から、右工事代金全額金十七万五千円を取り立て、同年一月十七日同裁判所に対しその旨の取立届を提出した事実は、原告において明かに、これを争わないから、自白したものと看做すべきである。
(2) 前記事実に基けば、本件転付の目的たる債権は、当時において、すでに、補助参加人に対する弁済によつて消滅に帰していたこと明白であるから、結局、本件における争点は、被告が、取立命令を有する補助参加人に対してした弁済は仮差押債権者たる原告に対抗し得るかどうかの一点に帰するので、以下、この点について考察する。
(イ) 一般に、債権に対する仮差押は、同一債権に対する他の債権者の差押が取立手続に移行すれば、配当要求のためにする特段の行為なくして、当然に、これに対して配当要求を申し立てたのと同一の権利を保有し、または、配当要求の効力を生ずることは、一点、疑を容れる余地なきところである。従つて、他の債権者は、優先権なき限り、同一債権につき、差押及び転付命令を得ても、右転付は、その効力を生ずるに由なきことも、また当然といわねばならない。
(ロ) しかしながら、右債権者が、取立命令を得た場合には、これと異り、該命令は、執行法上有効たること勿論であり、第三債務者は、目的たる債権が他から仮差押を受けていることを理由として、右取立を拒否し得ないものと解すべきである(むしろ、差押が競合する場合には、差押債権者は、たゞ、取立命令を以てのみ、債権執行手続を進行させうるにすぎず、これにより始めて、仮差押債権者は、配当要求を申し立てたと同一の権利を有し得ることを指摘しなければならない)。すなわち、取立命令に基いて差押債権者のなす取立は、裁判所の授権に基く一種の取立機関として、競合する執行債権者その他の配当に与かるべき全員のために、執行裁判所に代つてこれをなすものであるから、統一的な執行手続の一環を形成すべきものである。従つて反面、第三債務者が、右取立に対してした弁済は、ひとり、取立債権者との間において有効なるにとどまらず、配当に与かるべきすべての者に対して有効であるというべきである。換言すれば、配当要求の権利を保有し、または、これをした債権者との関係においても、第三債務者は、自己の弁済を以て対抗し得べき筋合でなければならない。たゞ、右取立に対する弁済は、一見、仮差押(第三債務者に対する支払差止の効力)に牴触するかの如く見られないこともないが、仮差押は、元来強制執行保全の効力を有するのみで、それ自体としては、何ら優先権を設定するものではない点に鑑みれば、競合する差押債権者の一人が取立手続に入れば、仮差押債権者は、前叙の如く、当然、これに対し配当要求を申し立てたと同一の権利又は配当要求の効力発生による権利を取得するものであり、かつ、右権利のみを有するに過ぎないものと解すべきである。されば、第三債務者は、目的債権につき仮差押が先行していることを以てしては、とうてい、取立債権者の取立を拒否し得べき事由とするに足らず、従つて、右取立債権者に対する弁済は、仮差押債権者に対する関係においても、有効たること勿論である。
(ハ) また、このように解するとき、仮差押債権者その他の債権者はいかなる方法により自己の債権の満足を受くべきものかが問題となつてくるので、この点につき、論及するに、取立債権者の有する取立権は、裁判所の授権に基く一種の執行権能で、自己固有のものに非ざることは、前述のとおりであるから、取立債権者は、その取立金を、全員のため保管すべきは当然である。そして、取立の届出によつて、配当に与る債権者の範囲を確定したうえ、各債権者は、取立債権者から自己の配当額の交付を受くべく、もし、当事者間において、配当額について協議が整わぬときは、取立債権者自ら、或は、他の債権者の求めにより取立金を供託し配当手続により配当をなすべく、しからざる限り、各債権者は、取立債権者に対しそれぞれ、自己の配当額に相当する金額の支払を請求し得るものと解すべきである。
(ニ) 以上要するに、配当要求者は、いずれにせよ、取立債権者から自己の配当額の交付を受ければ足り、再び、取立命令または、転付命令を得て、第三債務者から二重の弁済を強要し得べきものではないのである。
上来説示したところで明白な如く、本件においても被告が補助参加人の取立命令に対してした弁済は、仮差押債権者たる原告に対する関係においても、これを有效と断定せざるを得ない。しからば、高村の被告に対する本件工事代金債権は消滅したものというべきであるから、その後、原告が、右債権につき債権差押及び転付命令を得たればとて、該命令は、目的債権不存在のため、何らその効力を生ずるに由なきところといわねばならないのである。
(3) 尤も、昭和十五年五月二十一日大審院民事第二部判決(昭和十四年(オ)第一八四〇号、転付金請求事件)は、本件におけると同様の事案につき、民法第四百八十一条第一項を論拠とし、第三債務者が、仮差押命令により支払の差止を受けながら、敢えて取立債権者に対し弁済した場合、第三債務者は、これがため、仮差押債権者が受けた損害の限度において、さらに、同債権者に対し支払に応ずべき危険を負担してこれをなしたものであることを理由として、仮差押債権者は、第三債務者に対し、「配当手続によつて受くべかりし金額」を請求し得る旨判示している。しかしながら、右立論は、随所に、理論的破綻を露呈しているやに窺われるのであるが、特に、本来、第三債務者が、執行債務者たる自己の債権者に弁済した場合を予想している民法第四百八十一条第一項を論拠とし、右事案の如き、同一執行債務に対する数債権者のために執行がなされた案件にまで、これを類推適用せんとするのは、明かに、不当の結論をもたらすものといわねばならない。けだし、前者の場合は、純粋に実体法上の問題として、実体法の枠内で、ことを律すれば足るのに対し、後者は、むしろ、数個の有効なる差押相互間の関係として、執行法上、右仮差押及び取立命令相互間の効力及び第三債務者の弁済の効力が吟味検討されなければならない筋合であり、従つて、問題は、全く、執行手続上の考慮にかかつているからである。しかるときは、さきに、縷々説示したところからも、自ら、明白なように、本件については、民法第四百八十一条第一項を適用するの余地なきものと解せざるを得ないから、結局、右判決の結論には、にわかに、左袒し難いわけである。
(四) 上来説示のとおりであつて、原告の請求は、失当として棄却すべく訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十四条を適用し、主文のとおり判決する。
なお、原告及び補助参加人は、それぞれ、本件口頭弁論終結時まで補助参加の許否について抗争しているのであるが、右については、昭和三十四年八月三日午前十時の第二回口頭弁論期日において参加許可決定がなされ、該決定に対しては即時抗告も提起されることなくして今日に至つていること本件記録上明白であるから、この点については格段の判断の要なきことを付言する。
(裁判官 可知鴻平)